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東京地方裁判所 昭和27年(行)21号 判決 1955年10月14日

原告 内海健蔵

被告 恵比寿復興土地区画整理組合

主文

原告の請求を全部却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十六年十二月二十八日附恵組発第二号を以てなした東京都渋谷区公会堂通一番地の内六十坪の原告の借地に対し換地を交付しないで金銭を以て清算する旨の処分並に同日附東京都渋谷区公会堂通一番地の内別紙甲の土地の一部について訴外大石竜三郎のためになした換地予定地指定処分の無効なことを確定する。以上の請求が理由がない場合は上叙各処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、被告は東京都渋谷区公会堂通一番地の土地を含む恵比寿地区約六十万坪の土地につき区劃整理を施行するため都市計画法第十二条、耕地整理法第四十一条第五十一条により昭和二十二年七月二日東京都知事の認可を受けて設立された組合である。

第一、

(一)  原告は東京都渋谷区公会堂通一番地の宅地の内、別紙(甲)の土地を含む宅地六十坪を昭和二十年十一月七日その所有者訴外伊藤林蔵より普通建物所有の目的で賃借したが、その後昭和二十一年五月一日訴外伊藤治郎右衛門において林蔵から右土地を譲受け、その所有権を取得(取得登記は同年八月十二日経由)すると共に林蔵の賃貸人としての権利義務を承継した。

(二)  原告の右借地は被告の施行する区劃整理地区内にあるので、原告は被告組合の規約第五十五条(原告が都市計画法施行令第四十五条と訴状に書いているのは誤記と思われる。)に従い、組合長に借地権者として届出をした。

(三)  ところが被告は昭和二十六年十二月二十八日附恵組発第二号を以て「原告の右借地については換地を交付しないで金銭を以て清算することに決定した」旨の通知をして来たが、右通知は昭和二十七年一月下旬原告に到達した。

(四)  けれども耕地整理法第三十条第一項本文によつて明なように区劃整理のため地形を整理するに際つては、関係土地の権利者に対し従前の土地の地目地積、等位等を標準として換地を指定するのを原則とし法定の場合に限り換地を指定しないで金銭を以て清算できるものであるが本件の場合においては前示法条第一項但書の場合に該当しないのは勿論、本件区劃整理地区における特別都市計画法第八条に所謂「過少借地」は同法第九条並に同法施行令第十三条に基く東京都知事の認可を得て七十五平方米となつているので原告の本件借地は「過少借地」にも該当しないから、金銭清算処分はできない筈であるのに金銭清算処分をしたのは違法である。

(五)  のみならず、耕地整理法第六十一条により同法第三十条第一、二項の処分をするには組合総会の議決を経なければならないので、本件金銭清算処分をするには被告組合総会の決議を要するものであるのに、その総会の議決を経ないで本件金銭清算処分をしたものであるから、右処分はこの点でも違法である。

第二、次に

(イ)  被告組合ではその規約(第五十二条)で整理施行地の一部を組合の費用調達のため替費地として売却その他の方法により処分することができる旨を定めている。

(ロ)  被告はその区劃整理施行地区街廓第九十号の換地予定地の指定を終了した上、その地区内に存する第一の(一)の原告の借地の内、別紙(甲)の土地を替費地と定めて売却することになつたので、原告は昭和二十五年十二月十一日被告から右土地を代金坪当り七千五百円、総坪数五十三坪八合五勺として総代金四十万三千八百七十五円と定めて買受け、その代金全部の支払を了した。

(ハ)  ところが被告は昭和二十六年十二月二十八日訴外大石竜三郎のために前項の土地の一部を含む別紙(乙)の土地を、大石の従前の土地の換地予定地として指定し同人に通知した。

(ニ)  けれども替費地というものは、換地予定地指定計画が樹立された後に定められるもので、その売却後においては当該区劃整理上の負担を負うものではなく、このことは原被告間の右替費地売買契約において売買の目的たる替費地は組合費、清算金等区劃整理上の負担を負わない旨の約定があることからも明である。されば区劃整理上の負担を負わない売買後の替費地に前項の如く大石のために区劃整理上の負担である換地予定地指定をなすが如きは違法である。

(ホ)  右換地予定地指定通知は大石に対してのみなされ、原告に対しては右通知はもとより、原告の買受けた土地の範囲の変更について被告は原告に対し何等の通知もしないが、この点もまた違法である。

以上第一の金銭清算処分は(四)(五)に、第二の大石に対する換地予定地指定処分は(ニ)(ホ)に、それぞれ指摘した通り違法であり、無効なものであるから、その無効確認を求めると共に、若し右違法性が各処分を当然に無効たらしめるものではなく、原告の無効確認請求がその理由がないとされるときは、その違法を理由として各処分の取消を求めるものである。

被告の抗弁事実は全部否認する。なお、第二の事実について、原被告間の替費地売買に際り、替費地の面積を実測せずに、一応五十三坪八合五勺として代金額を算定したので、実測坪数と右見積坪数と多少の相違があることは了承していたが、原告が買受けた土地を、その後被告がその位置、面積を任意に変更できることを約したものではない。

と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、被告が原告主張通りの組合であることは認める。

原告主張の第一の事実につき(一)乃至(三)は認める。(五)については金銭清算処分をするについて被告組合総会の決議がなかつたことは認めるが、右処分については総会の決議を要するものではなく、組合会の決議で足りるもので本件金銭清算処分については組合会の決議があつたものであると述べ、

右第一の事実に対する抗弁として原告は係争渋谷区公会堂通一番地の街路を隔てた向側に同所四番宅地百四十二坪七合六勺を所有して居り、右宅地の飛換地として本件(一)の借地を指定され度く、右指定が受けられるならば(一)の借地の借地権を抛棄して借地の換地を求めない旨、被告組合並に地主伊藤に申出て昭和二十三年二月、右飛換地指定につき被告組合並に地主伊藤の承諾を得たので原告はその借地権を抛棄した。尤も右飛換地指定の件はその後、都市計画の変更により取消されたけれども、借地権はすでに抛棄されてしまつたものというべきである。

仮に右取消により借地権抛棄もその効力がないとしても、原告の前示借地(但し別紙乙のEL線より北西の部分)は替費地と予定されるに至つたところ、原告は右替費地につき優先買受権をもつている地主伊藤に対し、その優先買受権を行使しないで、原告に買取らせて欲しい。右原告の希望を容れて貰えば、借地権を抛棄するからと、懇請し、伊藤から優先買受権抛棄の受諾を得たので昭和二十五年十二月十一日地主伊藤に借地権抛棄の意思を表示した。されば被告組合としては原告の借地については換地等を顧慮する必要はなかつたのであるが、被告組合に対しては形式上原告からの借地権消滅の申出がなかつたので、好意的に金銭清算処分により処置したものであると述べ、

原告主張の第二の事実につき、(イ)は認める。(ロ)は替費地と定められ、売却された土地が別紙(甲)であることは否認する。右替費地となつたのは原告の借地別紙(甲)のうち、別紙(乙)のEL線より北西の部分と、その他の部分とを含む五十二坪である。その余の(ロ)の事実は認める。(ハ)(ホ)は認めると述べ、

第二の事実に対する抗弁として、仮に替費地として原告に売却された土地が別紙(甲)であつたとしても、元来替費地というものは換地予定地指定計画完了後に決定され売却されなければならないものであるのに、本件では、右計画完了前に決定され、売買された違法のものであり、従つて売買の目的となつた替費地は確定したわけではなく、一応替費地として予定されたものにすぎないからその予定された替費地の上に換地予定地の指定をするのを妨げないものである。

仮に右抗弁が理由がないとしても、本件替費地の売買に際つてはその後の換地予定地の指定如何により、替費地の位置、面積に多少の変更あるべきことを原告において予め諾約していたものであるから原告の買受けた土地の一部に大石のために換地予定地の指定をしても違法ではないと述べた。

(立証省略)

理由

被告が原告主張通りの組合であることは本件当事者間に争がない。

そこで先づ原告主張の第一の事実についてしらべて見ると、(一)乃至(三)の事実は被告の認めるところである。

よつて被告の抗弁について考えると、被告は公会堂通四番地の原告所有地の飛換地として(一)の借地を指定を受けることとなり、その代償として(一)の借地権を抛棄したと主張し、右事実は証人荻原徳三郎、伊藤治郎右衛門、大津威徳の各証言により認められる(第一回原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用できない)けれども、右飛換地指定の件はその後都市計画の変更により取消されたことは被告の自陳するところであり、右事実よりすれば特段の事情を認め得る証拠のない本件では、飛換地指定の取消により、その指定を受け得ることを条件としてなされた借地権の抛棄もその効力を失つたものというべきであるのみならず、証人伊藤治郎右衛門の証言により被告組合も右借地権抛棄の効力が消滅したことを承認していたことを認めるに十分である。

しかしながら成立に争のない甲第四号証、乙第四号証並に証人伊藤治郎右衛門、大津威徳、神谷憲次郎、水谷金左衛門の各証言を綜合すれば前述の如く飛換地指定取消後(一)の原告の借地は、替費地として売却されることになつたが、右替費地については地主伊藤治郎右衛門と借地人原告とは同順位の優先買受権者となつているので、原告は右伊藤に対し昭和二十五年の末か昭和二十六年の初頃優先買受権を行使しないで替費地を原告に買取らせて欲しい。さすれば(一)の借地権は抛棄する旨申出たので、右借地権の抛棄があれば、伊藤は(一)の土地の換地として借地権の負担のない土地が手に入るところから、原告の申出を容れ、原告の借地権の抛棄を受諾して優先買受権を抛棄し、原告をして右替費地を買取らせたことを認めることができる。原告本人訊問の結果(第一回)中右認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を左右し得る証拠はない。さすれば原告は(一)の借地の借地権を抛棄したものであるから、被告は(一)の換地予定地を原告のために指定する必要のないのは勿論、右指定に代る金銭清算処分をもなすべきものではなかつたのであるから、被告が本件金銭清算処分をしたのは、その動機がどうあろうとも違法を免れないけれども、原告としてはその処分の無効確認又は取消を求める利益がないと云わなければならない。されば右金銭清算処分の無効確認並に取消を求める原告の請求は却下さるべきものである。

次に原告主張の第二の事実についてしらべて見ると、(イ)の事実並に(ロ)のうち替費地と定められ、売却された土地が別紙(甲)である点を除くその余の事実は被告の認めるところである。そこで前示甲第四号証、成立に争のない甲第三号証、証人大津威徳の証言並に原告本人訊問の結果(第一回)を綜合すれば、原告が被告から替費地として買受けたのは別紙(甲)の土地であり、被告主張の別紙(乙)のEL線より北西の部分ではないことが認められ、右認定に反する証拠はない。尤も証人大津威徳の証言中には被告が替費地として原告に売却した土地については、被告において売却すべき土地を誤つたため右の如き結果となつた旨の供述があるが、右証言の真偽は兎もあれ、替費地として原告に売渡された土地が別紙(甲)であることに変りはない。

ところで甲第三号証並に成立に争のない乙第四号証によれば、右替費地買受によつて原告は直ちに替費地の所有権を取得するのではなく、その替費地を含む整理地区内の土地について、換地予定地の指定より一歩進めて換地処分がなされる時期に達した場合に被告において特別処分として原告に右替費地の所有権を取得させるものであるが、原告は右所有権取得までの間、所有者と同様の使用収益をなし得るは勿論、被告との間の売買契約による義務を承継させるならば、替費地買受人としての権利一切を他に譲渡することもできるものであることが認められるので、原告は替費地について、未だ所有者とは云へないが、所有者に準ずる法律上の地位を有するものである。

さて、被告は前述の如く原告に売渡した替費地について、売渡後においても、その上に換地予定地の指定ができると主張するのであるが、その主張の当否はさて措き、成立に争のない乙第三号証によれば「被告はその設計書及び規約に定めるもののほか、特別都市計画法により行政庁が施行する復興土地区劃整理に準じて土地の交換分合等を行う」ものであり、特別都市計画法第十三条第二項によれば、換地予定地を指定したときは換地予定地及び従前の土地の所有者にその旨を通知し且つこれらの土地の全部又は一部について、同条所定の所謂関係者があるときは、これらの関係者にもその旨を通知することを要する(乙第三号証によれば被告組合規約第四十二条に同旨の規定がある)ものであり、更に同法第十四条によれば従前の土地の所有者及び関係者は換地予定地の指定の通知を受けた日の翌日から換地予定地について従前の土地に存する権利の内容たる使用収益をなすことができると共に、従前の土地については、その使用収益をなすことができなくなり、又換地予定地の所有者及び関係者は換地予定地指定通知を受けた日の翌日から換地予定地の使用収益ができないことになつている。従つて換地予定地指定の法的性格は兎も角として、自己の所有地を他人のための換地予定地に指定された場合において、自己に対するその指定通知がない限り、その所有地を従前通り所有権者として使用収益、処分をなすに、何等の支障あるを見ないわけである。されば、その指定通知がない以上、たとへ、他人に対し自己の所有地をその他人のための換地予定地として指定する旨の通知があり、従つて他人が自己の所有地を使用収益できる権利を一応取得しても、自己に対する何等の処分がないのに、本来の所有者が、その権利の行使を他人に譲歩しなければならない合理的根拠はないから、その他人の使用収益の権利は、本来の所有者に対抗できないものと解さなければならない。(尤も換地予定地の不法占拠者の如きものは、正当の利益がないので対抗されることは勿論であろう。)

かく解するときは、換地予定地の従前の所有者は、他人に対する換地予定地の指定通知処分によつて、法律上何等利益を害せられることもなく、従つてその処分の違法性を云為してその効力を争う利益も必要もなく、自己に対する指定通知処分に対してその違法な場合に、その効力を争うを以て足り、これによつてその利益を全うできるものと云わなければならない。(かく解してこそ、誰人に対して何時自己の所有地を換地予定地として指定され、通知されるかを気にする必要もなくなるわけである。)

本件において原告主張の(ハ)(ニ)の事実は被告の認めるところであり、又原告が替費地の買受により所有者とはならないが、所有者に準ずる法的地位に立つていることはすでに説示した通りであつて、換地予定地の指定通知の関係では、所有者と同視されるべきものと解するのが相当であるから、上来判示したところにより訴外大石竜三郎に対する換地予定地指定通知処分の無効確認並に取消を求める法律上の利益がないことは、爾余の争点に関する判断をまつまでもなく明白である。従つて原告の右無効確認並に取消請求もまた却下さるべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 桑原正憲 鈴木重信)

(別紙省略)

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